ページ

2020年7月10日金曜日

元気ですか?


元気ですか?
 
お変わりないですか?
 
楽しく過ごしていますか?
 
今何を考えていますか?
 
好きですか?嫌いですか?
 
新しいトピックスはありますか?
 
楽しみな予定はありますか?
 
後悔していることはありますか…?
 

2020年1月7日火曜日

審判の刻


いつか裁かれる瞬間が来るかもしれない
 
いつか来ることは何となくイメージはしていたけど、その覚悟は正直に言ってできていない
 
裁かれるのは怖い
 
そのことを考えただけで、まるで高い岸壁に立った時のように身体がフワフワして、身体が火照るのに両方の肩に寒気がし、手を握る力がスーっと抜けてしまうような感覚に陥ってしまう。
 
 
裁かれる瞬間が今日かもしれない
 
何となく予感がすることで、少しばかり心の準備ができるだけマシなのかもしれない
 
 
実際には今日ではなく、その日は突然訪れるのかもしれない

2020年1月2日木曜日

期待と不安



ぼくは、何事にも相反する二面性があると思っていて、
 
例えば人間には、「臆病と豪胆」「楽観的と悲観的」「寡黙と饒舌」といった具合に、一人の人間の中にも相反する二つ(もしくはそれ以上)の傾向が備わっている
 
例えば、楽観的に見える人も、人生を常に楽観視しているわけではないはず
 
そんな人がいたら、それはただの馬鹿
 
 
チャンスの裏にはデメリットがあるはずだし、ピンチの裏には(可能性の大小は置いておくとして)大逆転のストーリーもあり得るはず
 
 
それとも、これらは僕の願望なのかな?
 

 
いやなことばかり、暗いことばかりの人生は存在しなくて、
 
たとえ悲しいストーリーの中にも、心温まる愛があってほしいといつも願ってる
 

 

2019年12月14日土曜日

直視できない


遠い景色や記憶は眩しすぎて、まっすぐに見ることができない
 
頭の中で何度も繰り返し思い出していたものが、今目の前に姿を現すと直視できない
 
 
近づいて見たり、触れる勇気が出ない
 
遠くから眺めているだけ
 

2019年11月21日木曜日

まちぼうけ


ほとんど毎日、いつも同じ場所で待っている
 
あれから1年と14日が経過した
 
毎日、忘れようと思うけど、

忘れた日は1日もない
 
 
ぼくが待っていることは、誰も知らない
 
それでも、毎日、待つことを忘れない
 
 

2019年8月15日木曜日

台風一過


台風10号が日本列島に上陸した。
 
ぼくの住む街は直撃して、今まさに頭上を通過している真っ最中。
 
こんな時にも思うのは、今あの人はどこで何をしているのかっていうこと。
 
 
どこにいても、何をしていても、
 
あの人が楽しく、幸せでいてくれるといいなと思う。
 
そして、できればぼくのことを思い出してくれたらいいなと思う。
 
どこにも行かない、誰にもいえない気持ちばかりが繰り返す。
 

2019年8月2日金曜日

おもかげ


会いたいけど会えない人と、似た人を見かける時がある。
 
しかも、それは頻繁に起こる。
 
こんなところにいるはずないのに、と思いながらも、もしかして・まさか、と言う気持ちでちらちら見てしまう。
 
よくみると全くの別人なんだけど、うしろ姿や横顔、髪形、似たような服装、体型…。
 
会いたい気持ちがあるから、面影を重ねてしまうのか、
 
単純に似ている人が多いのか(笑)
 
 
昨日なんて、うどん屋さんの隣の席に座っていて、ドキドキしながら横目で見ていたけど、やっぱり別人だった。
 
会いたい・けど会いたくない。
 
おもかげを重ねて、心の中で思い出すぐらいがちょうどいいんだけど。
 

2019年7月23日火曜日

変化する・しない


変化は時間の経過とともに起こる。
 
「必ず」起こる。
 
 
変化せずにずっととどまるものがあるとしたら、それは「死」じゃないだろうか。
 
 
変化することを受け入れることが、とても苦しい。
 
いまだに変化を受け入れられない。
 
 
たぶん自分自身も少しずつ変化しているから、いつか受け入れることができるかもしれない。
 
 

2019年6月24日月曜日

タイミング


タイミングって、結局は「見極め」が肝心なんだと思う。
 
自分の都合ではなく、相手や他者、周囲の環境を「見極め」て、しかるべき瞬間をとらえてアクションを起こす。
 
もちろん、見極めだけではなく、「アクション」も大事だけど。
 
タイミングを逃したことを、後からはっきり理解することの方が多い気がする。
 
あー、あの時・あの瞬間がアクションを起こすべきタイミングだったのか、と。
 
 
今日もぼくに降りかかる、見極めるべき瞬間を、どれだけ理解できるか。
 
思考停止してはいけない。
 
もしかしたら、逃したタイミングも、一周まわってまた来てくれるかもしれないし(^^)
 

2019年6月11日火曜日

つごうのいい永遠


個人的に、「 永遠 」という言葉を使うのは好きじゃない。
 
「 永遠 」なんてないと思っているから。
 
時が流れると、いろんなものが形を変える。
 
形がないもの(気持ち、記憶、流行、正義…など)すら、僕が知る限り、永遠に維持されていない。
 
多くの人が願っているであろう「 永遠の平和 」も実現されていない。
 
結局は、「 永遠 」の意味が個人的な尺度になっているからじゃないかと思う。
 
 
物事は結局、個人的な尺度で解釈される。
 
ぼくは、他人の言葉や行動から何かを読み取ろうとするけど、
 
結局自分のいいように解釈していることに気づく。
 
 
だれも、ぼくの「 永遠 」は信じないし、ぼくもあなたの「 永遠 」を信じない。
 
そこには、ぼくが信じているぼくだけのつごうのいい「 永遠 」があるだけ
 

2019年5月21日火曜日

何者


「何者」というのは最近読んだ朝井リョウさんの小説の題名。
 
主人公の拓人はまるでぼくのようだった。
 
無様に、不器用に、がむしゃらに頑張って自己表現している人にもなれず、
 
斜に構えて、周りを下に見て他人と違う特別な考えを持っているるわけでもなく、
 
好きな人に愛情表現もできず、
 
歌がうまくて明るく人気者で、いろんなことを器用にこなすこともできず、
 
自分が思っていることを発言することもなく、SNSの裏垢でまわりの人間を分析した内容をさも正しいようにつぶやく。
 
SNSは匿名だけど、いつどこで、誰に見られているかわからない。
 
ぼくも、知っている人のSNSアカウントを、相手に知られることなく(知られているかもしれないけど)見つけることができるし、実際に何人も知っている。
 
恐らくぼくの匿名アカウントや、もしかしたらこのブログでさえも、知っている人が読んでいるのかもしれない。
 
「何者」の主人公の拓人のように、知り合いから露わにされ、戦慄するのかもしれない。
 

 
じゃあ、どうすればいいか、どうしたいかと言われると返答に窮するけど。
 
結局ぼくは何者にもなれず、やっぱり今のぼくのまま、秘密を白日にさらされることに恐れながら、さえない日々を送ることになる。
 
 

2019年5月10日金曜日

タイミング


いろんな気持ちがごちゃまぜになって、
 
からまって、ときほぐせない。
 
ブログを使って言葉にしてみようと試みるけど、
 
あふれる感情を思いつくままに文字にしてみると、あらためて支離滅裂なことがよくわかる。 
 
あれから(いや、いつもか?笑)毎日こんな感じで過ごしていると、決断したり行動するタイミングを逃したことを痛感する。
 
今か?今日か?いあや、やっぱり今更こんなこと言えない(できない)と思うけど、
 
振り返ると「あの時に行動しておけばよかった」と後悔する。
 
毎日毎回こんな調子で、よけいに感情がからまり・から回る。
 

2019年2月15日金曜日

物語の終わり


先日から読み進めていた小説を、ついさっき読み終えた。
 
小説の内容も良かったけど、何より文章の言い回しというか、
 
情景や感情の描写が、何とも言えず、
 
読んでいる間ずっと、心を柔らかくしめつけるような感覚におそわれた。
 
 
小説のあとがきに女性シンガーが寄稿していた文書の一文が心に残っている。

「進むと終わるから嫌だ。
 
 食べるとなくなってしまうから嫌だ。
 
 でも私たち、始まったときから終わっていたのかもしれないな。
 
 終わると分かってて始めた事だったかな。」
 
 
あとがきすら読み終わって、
 
今の自分を振り返ったときに、
 
まさしくこの言葉が苦しめた。
 
 
「終わると分かってて始めた事だった。」
 
でも、終わった後がこんなに苦しくなると思っていなかった。
 
 
読み終わた本はもう一度読み返せるけど、
 
あの時間はもう戻ってこない。
 

 

2019年2月7日木曜日

同じ場所、同じ声、ちがう気持ち


あの頃と同じ場所で、
 
あの頃と同じ声を聴いて、
 
気持ちだけが違う。
 
 
ウキウキしていたあの頃と、何が違うのか。
 
 
変わったのは何?
 
 
ぼくが変わったのか、
 
周りが変わったのか。
 
 
もちろん、きみは変わった。
 
だから…   
 
 
今日は調子がよくない。
 
何もないのに、悪いことばかり考えてしまう。
 
 

2019年1月22日火曜日

うすれる

すごく濃密な時間も、その時の記憶も、
 
その後の日常のあれや・これや(楽しいことやちょっと悲しいことや、どうでもいいことや)の時間や記憶が増えてくると、どうしても薄れていくものなのか。
 
ぼくの脳みそは物覚えが悪くて、記憶の濃度がどんどん薄れていく。
 
ビーカーに入れた食塩と水のように、水が増えると濃度が薄まるように。
 
 
記憶は薄れても、気持ちは薄れていない。
 
風雨にさらされても時間とともに固まっていく泥のように。
 
時間とともに、ぼくの気持ちは泥のように固く・硬くなっていく。
 
泥の固さは脆くもある。
 
ぼくの気持ちはいつか、固まって石になるのか、半ばで粉々に風化してしまうのか。
 

 

 
 

2019年1月10日木曜日

次の1年


2018年が終わって、2019年が始まった。

1年というのは1つの区切りではあるけれど、いつもと変わらない日常は、区切りなく続いている。
 
個人的に、お正月とか、新年ということにこだわりはない。
 
ぼくの仕事は祝日や盆正月は関係なく、特に連休があるわけでもないので、区切りを感じることもなく、ただ毎日の生活が続いているだけ。
 
昨日が終わると今日が来て、今日が終わるとまた明日がやってくる。
 
昨日と今日の違いは何もない。
 
 
でも、1月には個人的な記念日がある。
 
正確にいうと記念日「 だった 」日。
 
記念日だったのは過去の話。
 
今ではなんの日でもないけど、ぼくの心の中のカレンダーには、今でもしるしがつけられているみたいに、
 
その日が来ると過去を思い出す。
 
 
おそらくこの気持ちはこれからもずっと持ち続ける。
 
今も、これからもこの記念日が残っていたら、たどり着くのは破滅しかない。
 
そう考えると、記念日はなくなってよかったと思う。
 
 
記念日だった日は、いつまでも心に残っている。
 
その日を境に、次の一年をまた始めようと思う。
 

2018年12月21日金曜日

雨あがりの空気


今朝、自転車で席に向かっている自分の気持ちが、どこか晴れ晴れとしていることに気が付いた。
 
こんな日は、いつもネクラな自分にはあまりないことで、少し驚きながら、
 
「この気持ちはどこから来ているんだろう」と考えた。
 
思い当たることは2つ。
 
そのうちの1つは、「天気がとてもよかった」こと。
 
今朝がたまで小雨が降っていたのか、アスファルトは黒く湿っていたけど、空は明るく、青く晴れて輝いていた。
 
雨あがりは空気が澄んでいて、目に見えるものがいつもよりも「くっきり」鮮やかに見える。
 
冬はなおさら、空気がピンと張りつめて、きれいに見える。
 
 
今年もあと11日。
 

2018年12月20日木曜日

まるで、物忘れする「ふりこ」のよう


昨日は「頑張ろう」と思っていたことが、今日になったら「もうムリ…」になっていたり、
 
今日は「好き」な気持ちが、明日には「大キライ」になっていたり、その逆もあったり。
 
思っていることが日々、時間が経つと対極まで振り切ってしまう。
 
 
それだけならまだしも、
 
「必ずやるぞ」と息巻いていたことをすっかり忘れてだらけていたり、
 
目標にしていたことも忘れて放置していたり。
 
 
まるで、物忘れする「ふりこ」。
 
いいところがまるでない。救いようがない。
 
「ふりこ」は同じところを行ったり来たりする。
 
そういうところも、どこか似ている。
 
いつかは止まる「ふりこ」とは違って、行ったり来たりをずっと繰り返して止まらないところが唯一の違い。 
 

2018年12月18日火曜日

LOVE と Confidence ②

笑われても、
 
否定されても、

拒絶されたとしても、
 
自信を持って言えるか。
 
 
好きなものを、無条件にすべて受け入れられるか。
 
 
強い心がないと、できない。
 
ぼくにはその心がなかった。
 

2018年12月17日月曜日

LOVE と Confidence


何かを「好き」というには、「自信」が必要だと感じる。
 
好きなもの(人でもモノでも、コトでも)を恥ずかしげもなく「好き」と言う。
 
バカにされても、軽蔑されても、胸を張って。
 
そして、好きなものをすべて受け入れるにも自信がいる。
 
お金や時間、心もすべて好きなものにささげる自信があるのか、自分自身に問いかける。
 
好きだけど、自信がない。
 
好きと言える自信。